はじめに
「時間ができたらやろう。」
この言葉を、私は何度も使ってきました。
今は忙しいから。
余裕があるときにまとめてやろう。
中途半端な時間では意味がない。
そう思って後回しにしていたことが、いくつもあります。
でも実際には、“時間ができる日”はなかなか来ませんでした。
本当に時間はなかったのか
振り返ってみると、完全に時間がゼロの日はほとんどありません。
10分。
15分。
細切れの時間は、確かにありました。
それでも動かなかったのは、「まとまった時間でちゃんとやりたい」と思っていたからです。
30分以上ほしい。
一気に形にしたい。
集中できる環境でやりたい。
その“理想の時間”を待っていました。
でも理想の条件がそろう日は、思っているより少ない。
結果的に、スタートがどんどん先送りになっていました。
「ちゃんとやる前提」が重かった
私は無意識のうちに、「ちゃんとやる」ことを前提にしていました。
やるならしっかり。
どうせやるなら完成まで。
中途半端は意味がない。
一見、前向きな考え方です。
でもその前提があると、「今は無理」と判断する理由が増えます。
今日は時間が足りない。
今日は疲れている。
今日は集中できない。
こうして、“やらない理由”が簡単に見つかるようになっていました。
終わらせる時間ではなく、始める時間
考え方を変えたのは、「終わらせる時間」ではなく「始める時間」に注目したときでした。
30分必要かどうかは分からない。
でも5分ならある。
全部終わらせなくていい。
まずは触るだけでいい。
資料を開く。
1行だけ書く。
机に座る。
それなら、今すぐできる。
この“小さな着手”が、想像以上に効果的でした。
(→ 関連記事:考える前に動くために決めた「最初の一歩」)
後回しは思考を占領する
「時間ができたら」と思っているタスクは、頭の片隅に残り続けます。
完全に忘れているわけではない。
でも、手をつけていない。
その状態は、じわじわと負担になります。
少しでも進めると、その重さは軽くなります。
全部終わらなくてもいい。
“着手した”という事実があるだけで違います。
小さな積み重ねは意外と大きい
5分なんて意味がないと思っていました。
でも、5分を積み重ねると変わります。
昨日5分。
今日5分。
明日も5分。
1週間で35分。
まとまった時間を待つより、現実的でした。
しかも、5分やるとそのまま10分になる日もあります。
始めると、続くことがある。
時間は“できるのを待つもの”ではなく、“作るもの”だと気づきました。
時間よりも基準を見直す
今振り返ると、問題は時間ではなく“基準”でした。
まとまった時間で。
完璧に。
一気に。
その基準が高すぎた。
今は、「少しでも進めばOK」に変えています。
基準を下げると、行動のハードルは一気に下がります。
今は「時間がなくてもやる」
今の私は、「時間ができたらやる」とはあまり言いません。
時間がなくても、少しやる。
終わらせることより、触れることを優先する。
そのほうが、結果的に前に進んでいます。
まとまった時間がある日はラッキー。
でも、なくても止まらない。
それだけで、生活の流れはかなり変わりました。
まとめ
「時間ができたらやろう。」
その言葉は自然ですが、
時間は思うように空きません。
・終わらせる前提をやめる
・始める時間に注目する
・5分でも触る
それだけで、止まる時間は減ります。
もし今、「時間がないから」と思っているなら。
まずは5分だけ。
時間を待たなくても、小さな前進は作れます。
(→ まとめ記事:考えすぎて動けなかった私が、少しずつ行動できるようになった理由)


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