「ちゃんとやらなきゃ」と思っていた頃
以前の私は、家事に対してずっと「ちゃんとしていたい」気持ちが強かったです。床は毎日ピカピカ、洗濯物はその日のうちに畳む、キッチンは寝る前に完璧リセット。SNSで見かける“整った暮らし”に憧れて、真似してみたりもしました。
でも現実は、仕事や用事で帰りが遅い日もあるし、疲れて何もしたくない日もある。なのに頭の中では「やらなきゃ」が鳴りっぱなしで、できない自分にモヤモヤしていました。家事って生活のためにやっているはずなのに、いつの間にか“自分を責める材料”になっていたんですよね。
続かなかった理由
続かなかったのは、私の根性が足りなかったから…ではなく、単純に仕組みが合っていなかったんだと思います。理由は大きく3つありました。
1つ目は、基準が高すぎたこと。「毎日」「完璧」を前提にすると、1回崩れただけで一気に面倒になります。
2つ目は、家事の“やる順番”が自分に合っていなかったこと。疲れているときに難易度の高い家事(丁寧な掃除、細かい整理)をやろうとしても、そりゃ続かない。
3つ目は、“やった達成感”が見えにくいこと。家事って終わりがないので、頑張っても翌日にはまた発生します。「終わらないのに頑張ってる感」だけが残って、だんだんしんどくなりました。
思い切ってやめた家事
そこで私は、続かなかった家事をいくつか“手放す”ことにしました。やめるというより、やる頻度ややり方を変えるイメージです。
- 毎日の床掃除(掃除機・床拭き)
→ 毎日はやめて、「週2回+気になるところだけ」のルールに。髪の毛が気になる日はコロコロだけでOKにしました。 - 洗濯物をその日のうちに畳む
→ 畳まない日を作りました。乾いたら一旦カゴへ。必要な分だけ取って着る方式にしたら、意外と回りました。 - キッチンの“夜の完全リセット”
→ すべてピカピカをやめて、「生ゴミだけ捨てる」「油ものだけ洗う」など最低ラインを決めました。翌朝5分で片付く範囲ならOK、にしたら気持ちがラクに。
ポイントは、「家事をやめる=だらしない」ではなく、**自分の生活に合う形に“調整する”**こと。私はこの視点が持ててから、気持ちが軽くなりました。
やめても困らなかった話
正直、やめる前は不安でした。「汚くなったらどうしよう」「結局あとで大変になるのでは?」って。
でも、やってみたら意外と困りませんでした。むしろ困らなかった理由がはっきりしていて、
- 毎日じゃなくても、週2回やれば清潔感は保てた
- 畳まなくても、カゴに分けておけば必要な服はすぐ取れた
- キッチンは“ゼロ”にしなくても、最低ラインを守れば翌日に持ち越せた
それに、家事の負担が減った分、朝の準備が落ち着いたり、イライラしにくくなったり、別の良い影響が出ました。
家事を頑張っていた頃より、手放してからの方が結果的に「暮らしが回っている」感じがしました。
今の自分なりの基準
今の私は、家事の基準をこう決めています。
- 衛生に直結することは優先(生ゴミ、カビ、油汚れなど)
- “未来の自分が助かる”ことだけやる(翌朝がラクになる範囲)
- 完璧じゃなく、継続できる量を採用(週◯回でOKにする)
そして、迷ったときは「これをやることで、今日の自分が少しラクになる?」で判断しています。ラクになるならやる。しんどいなら削る。
暮らしって、理想の形よりも“続く形”の方が大事なんだなと、ようやく納得できました。
まとめ:完璧じゃなくていい
続かなかった家事を手放して気づいたのは、家事は「全部やるか/やらないか」じゃなくて、自分に合う形に調整していいということでした。
毎日掃除しなくても、畳まなくても、キッチンを完璧にしなくても、生活はちゃんと回る。むしろ、無理を減らしたほうが穏やかに続けられます。
完璧じゃなくていい。暮らしは“自分が息できる基準”で十分です。


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